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第63回ぴんぼけ総会報告

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平成27年6月26日(金)ぴんぼけ総会が開催されました。

会場は目白駅前の「リュド・ヴィンテージ目白」、昨年12月にオープンした新しい会場で、内装も白一色で料理もホテルとは一味違うグーでした。

現役を含めて55名の出席、恒例のビンゴ、フォトコンテスト等で楽しい一日でした。

<ぴんぼけ 畑中 茸雄>

写真部OB会の歩み

創部当時、皆が真剣に磨いたという撮影技術。
部の伝統として残る物事への真撃な姿勢が、人の心をとらえてやまない作品を創り出す。

 今でこそカラーは当たり前になった写真の世界。しかし昭和20年代は、モノクロ全盛の時代であった。
学習院大学写真部が誕生したのは昭和24年。旧制高等科にはすでに写真部があったため、大学発足と同時に大学1・2年生として入学した旧高等科生がその活動を続けることで、活動がはじまった。
発足当初の部員は、近藤不二(昭27哲)、水田義直、野口欣弥、田村保夫、尾上清(ともに昭27政)、高橋正明(昭28物)、中村純一(昭28化)の各氏であった。また、初代部長には吉田早苗先生を迎え、部室は本館(現在の西1号館)3階の準備室を使っていた。
最初の部室は廊下からドア1枚の小部屋で、水場もなく、現像作業にとても不便。そこで昭和27年、同じ西1号館の地下1階に部室を移した。水場と独立した暗室がある部室であったが、現像液を貯蔵するためのプラスチックの瓶もなかったため、当時はウイスキーやビールの瓶に現像液を蓄えていたという。
昭和25年になると、学習院女子短期大学が開校し、短大写真部が誕生した。同年の11月には、小田急線沿線の柿生にて短大生をモデルに大学・短大合同撮影会を行い、翌年には大学・短大写真部合同の新入生歓迎コンパも開いて、交流の輪を着実に広げていった。
以後写真部の活動の幅も広がり、昭和30年からは、甲南大学と「交歓展」を関東と関西で交互に開催。翌31年からはプロの写真家である牧田仁氏から指導を受け、撮影合宿もはじまった。
そして昭和32年、学習院写真部の黄金時代が始まることになる。「全日本学生写真コンクール」で共同制作作品が優秀校賞に選ばれたのだ。木曾馬の産地として知られる「木曾開田村」をテーマに合宿撮影した組写真「木曾馬の話」がそれで、最優秀学校賞を受賞。以後、「観光地・日光」「風土病-日本住血吸虫病」「変わりゆく漁村-岩手県下閉伊郡」「この大地の隅から-京葉工業地帯」といった作品が高い評価を得て、5年連続最優秀学校賞を受賞するという栄誉を勝ち取った。それらの貴重な作品は、昭和38年に出版された「共同制作 五ヵ年の歩み」で見ることができる。
写真部からはプロカメラマンも数多く輩出しているが、中でも小谷明氏(昭31政)や齋藤煕吉氏(昭34済)は有名である。また、映画・ビデオの分野でも海外で受賞をしたOB・OGの評価は高い。
OB会活動も活発だ。昭和52年に初代部長の吉田先生の定年退職を祝して開かれた「ぴんぼけ総会」は、その後毎年のように開催され、懇親の輪を広げている。ちなみに「ぴんぼけ」の名前は、民放ラジオで流れていたさくらフィルムのコマーシャルソングにちなんでいる。
近年では、毎年4月に開かれる「オール学習院の集い」で写真展を開催し、OB・OGの作品を展示しているほか、日光の光徳小屋での撮影会も行われている。
創部から半世紀。ファインダーを通して、その時代時代の真の姿をとらえる部の伝統は、いまも立派に受け継がれている。温かな雰囲気の中で、OBと現役との親交も今後ますます育まれていくことだろう。


昭和26年7月の写真部新入生歓迎コンパ(西1号館屋上で撮影)

第51回記念ぴんぼけ総会2003

平成15年6月21日(土)、恒例のぴんぼけ総会が目白のさくらラウンジで開催されました。今回は昨年の第50回迄の記念写真が会場に展示され往年の若かりし頃の写真を懐かしみ、時の移り変わりをかみしめていました。当日は大学、女子大学の現役を含め60余人が参加しました。
ビンゴ、オークションのアトラクションなど歓談に花が咲き19時に散会になりました。
創部50周年記念に植樹した木瓜も紅白の花で満開でした。
毎年4月のオール学習院の集いには中・高等科・大学・女子大・OBによる写真展が開催され好評をはくしています。